男鹿さんは約束通り朝一で病院に来てくれた。
男鹿さんは僕との思い出の話をしてくれたり、思い出の物、アルバム等も持ってきてくれていた。
他愛のない話をしてくれてはいるけどやはり表情は何処か暗く、寂しげに見える。
僕も他人の話のことのように話に集中することが出来ず、男鹿さんの様子をずっと観察していた。

「で、これが小4の時の…………古市?」
「え…………あ、ごめんなさい、ちょっとボーッとしてて………」

慌てた様子の古市になるべく怖くないように意識して笑いかけ、アルバムを静かに閉じる。
やはり少しの時間では中々打ち解けることが難しいのか、発言は控えめで目は一定の位置に落ち着かない。
古市はもしかしたら根は人見知りするタイプだったのかも、と新しい発見をしたようでほんの少し嬉しかったりもする。
記憶がなくても古市は古市。元々そこに在ったものは変わらない筈だ。

男鹿が髪を撫でれば、恥ずかしいのか気まずそうな顔をされる。
そんな顔も新鮮で思わず椅子からベッドに腰を下ろし、古市により近付き肩を抱き寄せた。

「男鹿さん……近くない、ですか………?」
「あ?そーか?」
「は、い…………」

そうは言っても嫌な様子ではないため男鹿は古市をさらに引き寄せた。
空気を伝って髪から独特の良い匂いが香ってきて鼻を擽る。
腕に当たる銀髪を一掬いし、指を絡めて遊びながらそっと髪に唇を落とした。
何をされたのかよく分かっていない古市は少し視線を上げて男鹿を見るが男鹿は楽しげに笑っているだけで何があったのか分からない。

「…………何かしました?」
「なんも?気のせいだろ」
「でも笑ってる、し…………」
「お前が変に挙動不全だから」

『挙動不全』って言葉なんかありましたっけ?
もしかして…………

「……………挙動不審?」
「おぅ、ソレだソレ」

古市はプッと吹き出して笑った。
「ははっ、何ですかそれ」
「誰だって間違いくらいあんだろー?あんま笑ってっと………」

へっ?と口角が上がったまま男鹿を見つめると…………

「ひゃっ!?あっは、ははっはひっあははっちょっ、止めっひゃははっはっははっ」
「うらうらもう降参か?」
「こ、降参です、からっぁ!もっほんとやめっ」

男鹿の手に脇の下や脇腹を思いきり擽られ笑いが止まらない。
涙目になった古市に気をよくした男鹿は手を放し、笑い疲れベッドに倒れ込もうとする体を受け止めた。
涙目で顔は上気しており、肩で息をしながらではあるが、記憶を無くした古市に初めて睨まれた。


初めて、睨まれた。


「い、いきなりっ……何するんですか!!…………ぁ」

気がつけば古市を抱き締めていた。

「お前はそれでいい」
「…………あ、の?」
「前のお前、俺のことそうやって睨んでばっかだった。ま、俺がアイツ怒らすの楽しかったからだけど」

古市はよく怒る。短気だ。
だけどすぐ怒る分許してくれるのも早くて、大概は「しょーがねぇな」で済ませてくれる。
俺はその瞬間にだけ見せてくれる、困ったような、でもまだ怒ってるような、だけど許してやんないとって。
そういう色んな感情が入り雑じった笑顔が好きだった。

「僕って…………男鹿さんのこと嫌いだったんですか………?」
「バーカ、睨んでたっつっても嫌いとかそんな類いのもんじゃねーよ」

あの顔は俺にだけ見せてくれる、特別なもの。


「……………」

嬉しそうな顔をしているけど、何度見ても思う。
寂しいのだ、と。そんな表情を見せられてはもう彼を睨むことなど出来ない。
彼が話す『古市貴之』と『僕』は違う存在だから。
『古市貴之』と『男鹿辰巳』の思い出には足を踏み入れてはいけない。
いや、踏み入れたくない。

誰が『古市貴之』と『僕』が同じ存在だと言ったとしても僕は僕。
違うんだ。彼とは違う意志を持って今こうして生きているのだから。


「僕は僕です。以前の僕とは違います」
「…………?」
「僕は母さんや家族のことを思い出してあげたい、そう思います。だけどそれとは裏腹に、このままで居たいとも思ってしまう」
「なんで」
「……記憶を取り戻してしまえば、僕は消えるでしょう?」

そうだ。せっかく持ったこの人格も消えてしまう。
元の場所に帰ってしまう。皆のために記憶を取り戻したい、その為には僕の思い出が詰まった場所に行くのが一番。
だけど取り戻したくない。
思い出せば皆の記憶から『僕』は消える、この人の中からも消えるだろう。


「なんて、ごめんなさい、嘘です。全部嘘ですよ」
綺麗に笑ってみせた。
その笑顔に何を思ったのか、男鹿は古市の頭を優しく撫でる。

「俺が憶えててやる」
「…………」
「俺は忘れねぇ。つか忘れらんねーだろ…………俺に敬語使っててしかもこんなおどおどしてる古市とか、忘れたくても忘れられねーっつの」
「男鹿さん……………」
「それによぉ…………違うとか違わねぇとかんなもんどーでもいい」


コイツが何と言おうとも俺からしたら『古市貴之』以外の何者でもないから。

確かに今のコイツにはあいつの記憶はない。だけどやっぱり『古市』なんだ。
多少人格が変わってても、何も変わらない。確かに『古市』がそこに存在している。
俺の知ってる古市はそこに息づいている。

「お前はアイツとやっぱ一緒だ」
「……僕にとっては違う」

「一緒だ」
「………………」


鋭い黒の瞳に吸い込まれそうなほど至近距離で目が合い、反らせない銀の瞳が弱く揺れる。
男鹿が古市の腰に再度手を回し、もっとと強く密着させる姿を窓から入る木漏れ日が照らす。
太陽の光に古市の髪はまた光り、古市は腕の中で男鹿の肩越しに窓から見える空を見た。
晴れた空が男鹿の心を表しているようだと、何故か涙が滲む。

男鹿は思ったことをそのまま言う。それは一日いるだけで分かる。
裏表のない素直な性格をしているのだ。
だから、彼が『一緒だ』と言うなら、以前の古市と今の古市に何かしらの共通点があるからそう言うのだ。
嘘でも今の古市を励まそうと肯定しない。


「…具体的にはどの辺が……一緒ですか?」
「んなもん知るか」

男鹿はバッサリと言い捨てる。
らしいと言えばらしいが、免疫のない古市からしたら何と返せばいいか分からない。
古市の細い体を堪能しながら反応が返ってくるのを待つが何も来ないため、男鹿は続けた。

「何が一緒とか分かんねーけど………こーいうのって感覚だろ?上手く説明出来ねぇけど何か一緒なんだからもうそれでいんじゃねぇの」

古市としては気になるものだが、男鹿がこう言っているのだからもうそれで良いような気さえしてくる。
男鹿の言葉はなんとなく呑み込めてしまうのだ。彼がそれでいいなら、いいのだろうと。


「………だけど、『前の僕』と僕は違う部分もあって、意識も違うっていうことは覚えておいて下さい」
「おぅ。分かってる」

古市も男鹿と同じように背中に手を添えて、すり………、と顔を擦り寄せた。
男同士なのに、気持ち悪いと思えないのは彼と僕が本当に『恋人』だったからなのか。
だから会ってからたった一日だけしか経っていないのにこんなに一緒にいて安心出来るのか………
決して『好き』だとは思わない。それは分かる。例え『恋人』だったとしても今の僕と彼は『恋人』ではない。
友達も違う。

「僕と男鹿さんって…………今どういう関係なんですか?」
「…………さぁ」
「友達ではない、ですよね」
「…………俺からしたらダチだけど」

二人の間に沈黙が流れる。男鹿と古市………以前の二人には『親友』の称号が一番似合っていた。
常に平等な立場であり、常に一緒に居た二人が強い絆で結ばれていることは周りも知っていた。
だが今の二人はまだ知り合って一日。友達というのも変だ。なら知り合いはというと、抱き合っている時点でそれもおかしい。
だけど、ただの他人なんてそんなの俺と古市には似合わない。

なら、今から全て一から始めればいい。


「古市っ!」
「は、はいっ」

男鹿にガッと肩を掴まれ体がビクッと跳ねる。

「俺達は今からダチだ!」
「へっ、え!?」
「いーから、ダチだ!分かったな!」
「で、でも」
「そんでお前は俺を一番だと思え!」
「あ、あの……っ」

いきなりそんなこと言われても困りますっ………!
しかも一番って…………!

「俺の一番はいつだってお前だ」

一番。
だけどそれは彼と男鹿さんの場合の話であって、僕は関係ないはずだ。


「男鹿さんと僕はまだ会って一日ですよ……?」
「関係ねーよ」

うわぁ…………男鹿さんってなんか…………
すっごい傲慢だけど………なんかモテそうだよなぁ………と呑気なことを考えた。
だって真顔で一番って言ったりなんか色々うわぁってなる。

「男鹿さんどれだけ『僕』のこと好きだったんですか………」
「んなもんコロッケの五倍くらいだ」

ごめんなさい、それ本当にどれくらい好きなんですか。
基準がよく分からないです。
でもなんだか楽しくて笑うと、男鹿さんも笑ってくれた。




その後しばらく男鹿さんの持ってきてくれたアルバムを見て、色々話を聞いた。
話を聞くだけでも痛いほど二人の仲の良さを知る。ちょうど昼頃まで話していると、病室のドアが開いた。

「あら?こんにちは男鹿君」
「あ、おばさん。ちわっす」
「今男鹿さんにアルバム見せてもらってたんです」
「……懐かしいわねぇ」

横からアルバムを覗くと小学校の運動会の写真らしきものがあった。
二人が肩を組んで笑い合っている写真。真夏の太陽に古市の髪がキラキラと光っている。

「貴之、母さんちょっと先生のとこに行ってくるからここで待ってて。退院について色々話すから多分後でこっちに先生とまた話すことになるから」
「はい。分かりました」
「…………ふーん」

夕方から退院することに一応決まってはいるが、やはり退院後についてまだ話さなければならないことがあるのだろう。
それに退院前にもう一度軽い検査を受けなければならないと昨日聞かされている。
検査をしたとしても体に異常はないはずだから、今日中に退院出来る。そうすれば明日から学校に行ける。

「男鹿さん、今日は朝からありがとうございました。先生が来ると思うからもう帰った方がいいかも、です」

そう伝えた瞬間、不機嫌オーラが湧き出始めた男を前に若干怯えながらも、見ると睨まれた。
古市の肩はビクッと揺れて固まる。怒らせたかもしれない、と背中に緊張が走る。
男鹿が不良であることは知っているし、もし怒らせたなら殴られるかもしれない。

怖くて目を瞑るが何も起きない。
少し目を開けて男鹿を見ると、怒っているというよりはどちらかというと……………拗ねている、の方が正しい気がする。


「………また離れんの、嫌だ」
「……………」
「古市と離れたくねぇ」
「……………」

低く唸るような声に古市はどうすればいいのか分からずおろおろと視線を泳がす。
昨日も本当は離れたくなかったけど、古市が疲れていると言ったから帰った。
だが今は離れる必要はない。さっきまで楽しく話せていたのだから嫌がってはいない。
医者なんか関係ない。傍にいたい。

「男鹿さん…明日も会えますよ?」
「嫌だ」
「………」


古市は軽く溜め息をついた。
僕は今日、男鹿さんについて分かったことがある。
それはとても頑固だってこと。自分が言った言葉を訂正したり、曲げたりしない。

男鹿の一番の長所でもあり、短所な部分でもあるそれを古市は良い意味でも、悪い意味でも理解出来るが、今はただ困るだけだ。
男鹿をどうすれば帰すことが出来るのか、そればかりを考える。
母親と医者が来るまでにはまだ時間がかかるということは分かっているが、この調子では家まで着いてきてしまいそうに思える。
男鹿と古市がよく泊まり合っていたことは話で聞いているため、泊まる可能性だってある。

安心出来る人とはういえ、さすがにまだ知って一日二日の人と泊まるのは無理だ。
今ここで帰らなかったら本当に家まで来てしまいそうだ。


「お、男鹿さん………っ」
「なに」
「僕…………、まだちょっと記憶無くしたばかりで戸惑ってるというか………っ、だから先生の話ちゃんと聞きたいし……」
「……………」

男鹿の眼が細められる。
まだ戸惑っているというのは嘘ではないが、いくらなんでも話が急過ぎたか…………?と不安になる。
さすがにこんなこと言われて帰るほど単純じゃない、ですよね…………
それに…………すごい見られてる。
だが、古市を睨み付けるように見ていた鋭い眼はふっと表情と一緒に緩くなった。


「そー、だな。……お前もあんま知らねぇ奴といんの、やだしな…………」
「男鹿さんが嫌なわけじゃっ」
「今日退院したら明日から学校来んだろ?家まで迎えに行くから待ってろよ」
「……………男鹿さん」

ベッドから降りてドアに向かう男鹿の袖をつい掴んでしまった。
男鹿の顔を見ることは恐くて出来ないが何か言わないと、と言葉を探す。

「今日……は、本当にありがとうございました………っ。男鹿さんのおかげでまた自分のこと少し知ることが出来ました」
「あぁ、良かったな」

優しい声。

「あと………明日学校でも、よろしくお願いします。分からないことたくさんあると思うので」
「…………お前の記憶が戻るまで、俺がずっと一緒に居てやっから心配すんな」

安心させてくれる大きな手。

「お前が戻るまで俺が守ってやる」
「……………男相手に守るなんて……」

それはどうなんですかと言いたいけれど、別にそれは全然嫌じゃない。
男鹿は古市の手からすり抜けるとドアの手すりを掴み、スライドさせる。
古市に振り返ると無邪気な笑顔で言い放った。



「お前を守るための俺だろうが」



「……………………――――――………っ」

それはまるで自分が彼の生きる理由だと言っているようで、彼が居なくなった病室で理由の分からない、一粒の涙が零れた。







僕は今日、男鹿さんについて分かったことが二つある。
一つは彼がとても頑固だってこと。

もう一つは






彼が『古市貴之』のことを本気で好きだったということ……………――――――――


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男鹿ちゃんと古市の絡み多めです。古市+敬語って萌えですよねw
次の話は多分学校偏です。
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