「男鹿さん……、本当に迎えに来てくれたんですね」
「来るっつった」
いつもなら古市が迎えにくるのに今日は男鹿が迎えに来た。
記憶喪失である古市は登校初日であるため、男鹿が一緒に行ってくれることはかなり心強い。
男鹿からしても記憶のない古市を極力一人では歩かせたくないのが本音だ。
今の古市は自分の身を守る術を知らないのだから。
「あの…………男鹿さん」
言いづらそうに男鹿から視線を外している。
「なに」
「えと………背中の赤ちゃんって男鹿さんの子ども、ですか」
「あぁ、言い忘れてた。ベル坊っつーんだ。拾ったから育ててる」
「ベル、坊君?可愛いですね」
「ダァブ!」
元気よく手を挙げて返事をする赤ん坊に柔らかく笑いかける。
拾った、だなんてどう返せばいいのか分からないけどやっぱり男鹿さんは優しいと思う。
だって誰の子かも分からないのに育ての親になろうとしている。
古市は歩き出した男鹿の半歩後ろを付いていきながら赤ん坊を眺める。
背中から伸ばしてくる小さな手をきゅ、と握ってあげると嬉しそうに笑った。
「…………男鹿さん、一つ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「この子なんで裸なんですか……?」
不審そうに聞いてくる古市に平然と答えた。
「服着せたら嫌がるから。しかもすぐ脱ぐし」
「……風邪とか引かないんですか?」
「ダ!」
平気だと親指を立てるベル坊の頭を撫でた。元気が良いのは良いことだがさすがに同意は出来ない。
古市がおいで、とベル坊の方に両手を広げると小首を傾げながらベル坊は男鹿の背中から古市の腕の中に収まった。
制服の前を一度開けて中にベル坊を入れてからボタンをキツくない程度に閉める。
赤ん坊の体温が温かくて気持ちいい。
「こうしたらあったかいだろ?」
「ダァ」
古市の体に身を擦り寄せるベル坊を男鹿は羨ましげに見ながら言った。
「敬語」
「え?」
「お前、俺に対して敬語使うだろ」
「それが何か……?」
「ベル坊には普通じゃねーか。だから俺に敬語はヤメロ」
「そう、言われても…………」
歩いていた足を止めると、男鹿も数歩先で止まった。
オロオロと戸惑う彼を可愛いなと思うが、やはり敬語を使われるのは嫌だ。
それでは気を遣われているようで落ち着かない。
「敬語とか他人行儀だろが」
「……………ごめんなさい」
古市の沈んだ姿を見るとなんだかこっちの方が悪い気がしてくる。
「あーもう分かった!敬語はいい!けどな、せめて呼び方は変えろ!!」
『男鹿さん』だなんてむず痒くて仕方ない。
古市は視線を斜め上に上げ、何と呼ぶべきか考えているようだ。
その様子を男鹿が黙って見守っていると古市が何か思い付いたような顔をしてから男鹿を伺うように呼んだ。
「辰巳…………さん?」
「っ!」
少し恥ずかしそうに言う古市が可愛くて堪らなくなる。
胸の奥底から沸き上がってくる熱を理性で抑え込み、顔をフルフルと振るった。
男鹿が好きなのは確かに記憶をなくす前の古市であるが、今の古市だって好きなことにはかわりない。
古市であることが重要なのだ。『恋人』だと嘘をついたが、結果友達に収まってしまった今、名前で呼ばれることは妙な違和感が付きまとう。
いや、例え恋人になったとしても違和感はあるだろうが…………
「あの、いけませんでしたか………?」
「んぁ?何がだっけ」
「呼び方のことです」
「あー………うん。やっぱ男鹿でいいわ」
古市は一瞬キョトンとした顔をしてから少し早歩きになった男鹿を追った。
信号で立ち止まり、また男鹿の半歩後ろに付くと鋭い目が古市を見つめる。
古市が顔を上げたことで男鹿と視線が鉢合わせし、互いに妙な沈黙が流れた。
静かに古市が目を外すと、視界にベル坊が入った。
「……………」
学ランに包まれて温いのか、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
布越しに子供特有の体温が伝わってくる。
青信号に変わったばかりの歩道を歩き出しながらそれを男鹿に伝えようとした。
その瞬間息を詰めた男鹿の音と車が迫ってくる音はほぼ同時であった。
そして男鹿の腕に強引に引き寄せられたのも同時だった。
「っ…………ぁ」
「危ねぇだろ!バカ古市!!」
後ろから腕を回された体は動かずに強張りを残して固まる。
男鹿の険しい顔付きにビクリと体を震わせた。
「………頼むから、怪我すんな。もっと気を付けろ」
「ごめん、なさい」
さっきと違った優しい、切なげな声色に古市は居心地が悪くなり男鹿の腕からそっと抜ける。
周りから見られていたようだが二人が離れると視線は外された。
古市は腕の中のベル坊を抱え直し、拗ねたような顔をしている男鹿のすぐ側を歩きながらまた思考が巡る。
考えるのは先程男鹿に叫ばれたこと。あんなに焦った姿を見たのは初めてだ。
確かに誰だって友人が不注意で事故にあいかけたら、しかも目の前でなら怒るだろうが、彼にとってはそれだけではない。
『恋人』の体を傷付けたくない。だから。
「古市?」
「っ」
「もうガッコ着くぞ」
「あ、はい………」
男鹿は学校近辺になると古市の腕を掴み、歩調を速めた。
その態度にさっきのことで怒っているのかと古市は心配になるが腕の中のベル坊が揺れで起きないかが気になる。
男鹿はそんなことも気にせずに早歩きしていたのに急に立ち止まったせいで背中にぶつかった。
「ご、ごめんなさっ……、……男鹿さん?」
「俺の側から動くなよ」
「え」
顔を男鹿の横から覗かせると、人相の悪いいかにも不良ですみたいな奴らが並んでいた。
バットやら何やら、物騒な物を持っていて、それは明らかに喧嘩しに来たと言っている。
古市は初めての出来事に身を震わせ、無意識に男鹿の学ランの袖をきゅ、と摘む。
それに気付いた男鹿は古市に優しく声を掛けた。
「絶対お前には指一本触れさせねぇ。だから待ってろ」
「…………………」
怖くても逃げんなよ、暗にそう言った男鹿に小さく頷いた。
「男鹿ぁ!この間のカリはきっちり返させてもらうぜ?」
ヒヒ、とその不良グループのリーダーらしき人物が下品に口元を歪める。
「古市、手ぇ離せ」
言われた通り手を離すと、直ぐ目の前にあった背中が不良達のすぐ近くに見えた。
そう視覚が捕えた瞬間、不良が次々と壁に埋もれていく。
そのあり得ない光景に呆気に取られていると男鹿が涼しい顔で帰ってきた。
「ほら、行くぞ」
「…………………」
驚いて声が出ない。不良達が埋もれている壁をちらりと見て男鹿を追った。
「……男鹿さん、喧嘩強いですね」
「まーな」
内容はともかくとして、自信有りげに言う男鹿の顔は無邪気で可愛いと思った。
そんな彼の親友だという自分も喧嘩をしていたのかと考えたが、喧嘩をしている自分が想像出来ない。
そんな古市の心を読み取ったのか、男鹿は言った。
「お前は絶対喧嘩すんなよ」
「…え………」
「激弱だから止めとけ。心配しなくても俺から離れなきゃ安全だ」
「………」
離れたら一体どうなるというのか。
聞きはしないが弱いと知っておきながら喧嘩はしたくない。
「……………」
気が付くとすでに学校の門の前にいた。男鹿は特に何も言わず校舎に進んでいく。
校門に入るときに見た『聖石矢魔』の文字にも特に何も感じなかった。
さすがにそれだけでは記憶を戻すことに足らない。校舎に入ってからもぐるりと見回したが特に感じるものはない。
今はキレイな学校という印象が強い。
「教室ココ」
「………………」
教室の前にある立て札を見ると『石矢魔特設教室』と書かれてある。
今から全く知らないクラスに入るのかと思うと体が震えた。
「ダ!」
やっと起きたのか、ベル坊は男鹿の背中に小さな両手を精一杯伸ばした。
古市は教室に入る前の緊張が少し溶け、ベル坊を男鹿に渡すと息を詰めてドアを開ける。
「よぅ」
「……………」
男鹿と古市が教室に足を踏み入れた瞬間教室中の視線が二人に注がれる。
そして教室がざわめき、古市に皆駆け寄った。
「古市お前記憶喪失ってマジか!?」
「何も覚えてねーの!!?俺のこともか!?」
「……………あ、えと……」
強面の不良達に囲まれ、また体が震え出したことに気付いた男鹿は不良と古市の間に体を滑り込ませた。
「コイツに近付いたら殺す」
男鹿の眼力に負け、皆席に戻った。
そんな彼等をどう思ったのか知らないが古市は男鹿に困ったように言った。
「男鹿さん、俺大丈夫です。だから…………」
そんな物騒なこと言わないで下さい、と。
男鹿は古市にとって良いことをしたつもりだったため、困らせたつもりなどなく、そんな顔をする古市に拗ねた。
古市の机に連れていった後は自分の机に座ったあと、後ろに振り返り古市の机に顔を伏せる。
机の横に鞄を掛けたのはいいが机を男鹿に占領され、どうしていいのか分からない。
男鹿の上のベル坊もさっきまで起きていたはずなのに眠っている。
「ふーるいっち君」
「……………?」
声を掛けられて机の側に立つ男を見上げると、ピンク色の男にしては少し長い髪の毛がサラサラと揺れている。
美形だと思った。
「ホントに記憶無いんだね。俺夏目っていうんだ、ヨロシクね」
「あ、はい………俺…」
「あははっ古市君のことは俺達知ってるから自己紹介しなくても大丈夫だよ」
優しく微笑まれ、古市も自然と強張っていた顔の筋肉が緩んだ。
男鹿はここに着くまでクラスのことを不良集団だと話してくれていたがこの優しそうな人もそうなのだろうか、と古市は夏目を見つめる。
夏目はニコニコとしているだけで表情は読めなかった。
「あとねー、古市君の隣が神崎君って言ってすっごく面白い人なんだよ」
「テキトーなこと言ってんじゃねぇ夏目!」
夏目の後ろに金髪で口と耳をチェーンで繋いでいるいかにもな感じの男が席に座っていた。
古市はビクリと体をまた強張らせる。夏目はケラケラと笑い、古市の頭を撫でてあげた。
「神崎君怖がらせたらダメだよー、嫌われちゃうかもね」
「別にソイツに嫌われようが何思われようが関係ねーし…………」
神崎の声がどんどん小さくなっていく。
「すまんな。本当は嫌われたくないんだ、神崎さんを嫌わないでいてくれ」
「何言ってやがんだ城山ぁあ!!」
「あっはっはっ!!」
「………………」
賑やかな人達だなぁ、と見ていて微笑ましくなる。
なんとなく不良の中でもいい人の部類な気がするし、嫌わないで欲しいと言っている『神崎』という男を嫌いにはなれない気がした。
「だーかーらー、嫌われても別にどーでもいいんだっつの!古市テメェ勘違いすんなよ!」
「……………はいっ」
にこ、と笑ってみせた古市に神崎グループは固まる。
いや神崎グループだけではなく記憶喪失だという古市の動向を観察していたクラス中が固まった。
綺麗だとしか言い様のない表情に皆呆気に取られる。男鹿もそれを密かに見ていたのか頬を若干染めていた。
大量の視線を浴び、何か不味かったのかと夏目を見るとケラケラとまた笑っている。
「古市君覚悟しといたほうがいいかもね」
「な、何をですか」
「さぁ?何だろうね」
「ま、確かに気を付けたほうがいーかもな」
「?」
顔を向けるとそこには少し古いスタイルの不良がいた、所謂リーゼントだ。
ガラシャツにサングラスをしており、この人は銀髪。
「よぅ、姫川だ」
「………これからよろしくお願いします」
行儀よく頭を下げると姫川は気分を良くしたのか古市の頭を夏目がしたようにクシャ、と撫でた。
古市は男相手によく撫でられることに対して嫌悪感があるわけではないがやはり微妙な気持ちだ。
元来古市を他人に触らせることが嫌いな男鹿は顔を上げ、席を立ち、机を間に挟んで古市の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。
「コイツは俺のだ、触んな」
「お、男鹿さん?」
「ヒュウ♪男鹿ちゃんカッコイー」
「見せつけんな。マジきめぇ」
「んなっ……なっ………!」
ガタッと音がした方には今来たばかりの邦枝がドアの所で固まる。
男鹿と古市の密着した姿を、教室に入った瞬間に見てしまったのは男鹿に惚れている身としては辛い。
硬直する邦枝を他所に男鹿は古市の腕を引っ張って教室から連れ出した。
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学校偏。総受け・・・・・・ではないですがまあそれっぽいのアリです。
名前の所は本編のヒルダさんがそう呼んでたので乗っかってみました^^
そして名前で呼ばせ続ける勇気が私にはなかった・・・・・・。
次はヒルダさんと東条さんが登場(笑)します。のんびり書いていこうと思います。
最初はあまり甘くないですが徐々に甘くしていけたら、と思っています。
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