虹村が去ってからそんなに時間は経ってない筈だが、走って追いかけてもその姿は見えなかった。
灰崎は特に焦る様子もなくただ、アイツ角曲がった瞬間走りやがったな、と面倒くささに苛立ちを感じていた。
そんなに遠くには行ってない、それは何となく分かる。
行き先は灰崎に見つからないような所だろうが、それが何処なのか。
灰崎は考える。自分が普段寄り付かない、寄り付きたくない場所。
少し考えればすぐに分かった。

「………体育館、か?」

サボり魔である灰崎はまず間違いなく体育館には行かないし、付近に居れば見つかって制裁を加えられるため近付かない。
それがクセになって極力体育館には近寄らないようにしていた。
灰崎は体育館に向かって走った。見つけたら何で逃げたんだと問い詰めてやろうと意気込んで。
そして体育館裏、その男は階段に座り込み空をただ眺めていた。
人が探してたっつーのにそのアホ面はなんだと罵倒してやりたい。

「………虹村さん」
「灰崎?お前なんで……」
「アンタが逃げるからだろ」
「逃げてねーよ。邪魔したから気を利かせてやったんだろーが」

じゃあ何で走ったんだよと突っ込んでやりたい。あそこからここまであの短期間で歩いて来れる訳がない。
俺とアイツのキスを見て何がアンタをそうさせたんだ。
そんなに動揺することだったか、と聞いてしまうのは野暮なんだろうか。
灰崎が腑に落ちないで見ていると虹村が立ち上がる。

「俺のとこ来ていいのか」
「は?」
「だから、お前黄瀬と………付き合ってんだろ」
「はあ?何言ってんだアンタ」

頭おかしんじゃねーの、と言い終わる前に頭を鷲掴みにされた。
頭蓋が破壊されるような痛みに喚くと直ぐに離されたが掴まれた箇所がジンジンと痛みを訴える。
虹村を睨み付けると思い切り睨み返され咄嗟に目を逸らした。
そして言い訳のように言葉を並べる。

「アレはアイツが勝手にやったことで、俺は別に………だからそういうのじゃねーよ」
「お前が何とも思ってなくても黄瀬は違うだろ。お前のこと好きなんじゃねーのか」

虹村のその確信めいた台詞に灰崎は一瞬口を開きかけ、閉じた。
何を言おうとしたのか自分でも分からなかったが、ただ、今これから口に出すモノは間違いな気がして言うのを止めた。
言葉を選ぶなんてこと普段はしない。けれどアイツに関しては、黄瀬に関しては少し違う。
ただ憎まれ口を叩くだけの関係ではない、他にはない人と違う関わりを持つ相手だからこそ言葉を誤ってはいけない、そんな気がした。
そして灰崎は改めて虹村の目を真っ直ぐ見て告げる。

「アイツが好きなのは俺じゃなくてダイキだから」

それは嘘でも何でもない事実。
流石にこの告白には虹村も驚いたのか、え、と口を半開きにしたまま唖然としている。
何も言わない虹村に灰崎は続けた。

「そもそも、俺とアイツは付き合うとか付き合わないとかそういうのじゃねーんスよ。恋人とかダチとかの類だと思ってたなら残念、ハズレ」

俺達はそんな一言で表せるような関係じゃない。

「なら、何で黄瀬はお前にキスしたんだよ」
「知らねーよ………アレに意味なんかねーだろ」
「そう思ってんのはお前だけかもだろうが」
「………………」

いやに食い下がる虹村に対し灰崎はどうしたものかと眉を寄せる。
何がそんなに気に入らないのか。
普段は大人びている虹村が聞き分けのない子供のように見える。
誤解だと言うのに全く信じて貰えない。

「俺は何とも思ってねーし、それでいいだろ」
「何とも思ってねー相手とああいうこと出来んだな、お前」
「だから、アイツが勝手にやったことだって言ってんスけど?」
「お前なら避けれたんじゃねーのか」

いい加減苛々する。自分が黄瀬を何とも思っていないということを証明する方法はある。
けどそれをするのは些か抵抗があるし、黄瀬にあんなことを言った手前言われた通りにはしたくない。
正直自分だって脈がないと思っている訳じゃない。
むしろ結構好かれてると思うが、だからと言って流れで仕方なく告白するのは違う。
それは俺の意思じゃない。

「俺は何とも思ってねぇ、信じろよ」
「キスされた後、お前大人しかっただろ」

暗に、何とも思ってない相手ならお前は殴ってるだろ、という虹村に灰崎は口を閉じた。
それは後ろめたいからではなく、ただどうすればいいか分からなかったからだ。
黄瀬と自分の間にあるモノを上手く言葉に出来ない。そんなものどう説明しろってんだ。
灰崎が黙っていると虹村は眉間に皺を寄せながら手を伸ばし、灰崎の髪に触れた。

「俺は………お前が触られんの、嫌なんだよ」

突然告げられた独占欲に灰崎は目を見開いた。
お前に触っていいのは俺だけだと、真っ直ぐ射抜く灰色の瞳は灰崎の心臓を掴み包み込む。
体が震えないように拳を握った。

「だから、誰にも触らせんな」
「………………っ……」

何でこの人はこうなんだ。体の奥から熱が湧き上がる。
この甘い痺れを誰か何とかしてくれ。
決意とか意地とかそんなもの全部吹き飛んで、好きだという、それだけが残る。
後で黄瀬にやっぱりとからかわれるだとかそういうものが気にならなくなるくらいに熱い。
分かれよ、俺のコレはアンタだけの物だ。

「………っ……」
「灰崎?」

自分に触れている手を掴み、虹村の胸へ押し返す。
それを拒否ととったのか、不安げに口を真一文字に閉ざした虹村を見据えて灰崎は震える声で告げる。

「俺が好きなのはアンタだ」
「………は…」

虹村が何か一言発する前に間合いを詰め、胸倉を掴み上げて引き寄せた。

「俺が好きなのは虹村さん、アンタだ」
「………はい、ざき…」
「だからリョータのことはほんとに何でもねーし、何とも思ってねんだよ」

灰崎の必死さに虹村は目を細め熱を込めて見つめる。
虹村は胸倉を掴んだ手が力なく離れていくのを引き留めた。
気まずそうに反らされた目を追いながら言う。

「なら、お前からキスしろ」
「!」
「お前から俺に、な」

偉そうなことを言っているのは分かっている。
灰崎が素直にそんなことをするとも思えないが、それでも黄瀬に嫉妬してしまうのは仕方ないじゃないか。
俺だってずっとこのクソ生意気な後輩が愛しかった。俺の物にしたかった。
黄瀬とキスしたコイツを見て頭が真っ白になって、兎に角あの場から逃げ出したかった。
両想いだと思ってたのに、そう思っていたのは自分だけだったのかと項垂れた。
だから追ってきた時期待したし、情けなくも安心した。

「虹村さん…………」

灰崎の呼ぶ声に虹村は黙ったまま見返した。引き結んだ唇が覚悟を決めたように近付いてくる。
若干背伸びした脚と制服を緩く掴む手はもう震えてはおらず、確かな力でそこにある。
僅か数cmの距離に目蓋を閉じた。

「……………」

柔い感触にキスされたことを知る。
直ぐに離れていこうとする口に自ら唇を強く押し付けた。
後頭部を掴んで強く引き寄せ、交わりを深くする。

「……ッ…………ちょ、」
「灰崎」

いつもより低い声に鼓膜が震える。抵抗する気にもならず、大人しく虹村の唇を受け入れた。
隙間から舌を差し入れられ口内を撫でるように優しく荒される。絡まる舌の熱さに頭がくらくらする。
舌を吸われれば脳髄に響くような甘い痺れに襲われた。

「……んっ…は、……ぁ………」

口を離すと透明な糸が二人の間を繋ぐ。
蒸気した顔は虹村を余計に煽ったが理性で踏みとどまる。
息を整える灰崎が漸く落ち着いた頃に今度は優しく抱き締めた。

「灰崎………俺は黄瀬に嫉妬した」
「あ?」
「さっさとお前に言っときゃ良かったって、後悔した」

もし早く伝えていたなら、とそんなどうしようもないことを考えて。
灰崎は俺のだ、なんて傲慢にもそれを信じていた自分。
馬鹿みたいだ。コイツはそんな単純で簡単な奴じゃない。
目を離せば直ぐに見失ってしまいそうな程に危うくて脆い。
だから、今度はきちんと掴まえておくために俺は言うんだ。
灰崎の耳元に口を寄せ、小さく、けれどちゃんと伝わるように呟いた。

「………好きだ」

たった一言。そのたった一言を伝えるのに人はどれだけの時間と勇気を必要とするのだろう。
好きになった人が自分を好きだと言ってくれた。それが一体どれだけ凄いことか俺は知らなかった。
灰崎がそれを教えてくれた。

「虹村さん……俺もアンタのことちゃんと好きだ。だから………俺のこと信じろよ」

灰崎は虹村の腕に大人しく収まりながら、そろ、と静かに腕を回した。
自分より少し広い背中を確かめるように抱き返す。
腕の力を強めた虹村にどうしようもない熱情が溢れる。
好きだと言った声が鼓膜にこびり付いて離れない。
夢なんじゃないかと思う程、熱の籠った低い声に体の芯が疼く。

「灰崎、好きだ」

心臓が煩い。苦しくて辛いのにそれが心地良い。
あの人が笑うと胸が締め付けられる。あの声で呼ばれると無性に走り出したくなる。
殴る拳もそれが自分だけだと思うと拒否出来ない。人に求められることが嬉しくて気を引きたくて。
むず痒いこの感覚をどう表せばいいのか分からないが、多分これが人を好きになるってことだ。

俺は虹村さんが好きだ。

黄瀬とのことは多分その内話さないといけないけど、今はまだいい。
アイツと俺は付き合うとか付き合わないとか、恋人とか友達とかそういうのじゃない。
友達は下心なくお互いの損益に関係なく支えてやれるような、そんな生易しい友情を交わせる関係。
恋人は底にある感情を共有し、在り方を理解して何も言わずとも通じるものがあるようなそんな関係。
俺達は友達より遠くて、恋人よりもきっと近い。 黄瀬は俺が好きだった。俺はそれを知っていた。
知ったのは虹村さんを好きになってからだったけど。
だから必要以上に関わろうとしなかったし、触れることも極力避けた。
別に俺を好きな黄瀬に悪いからとかじゃない。

ただ、俺が黄瀬を好きになりたくなかったから。

アイツと俺の表側の顔は全く違う。けど、裏側は俺と妙に通じていた。
アイツの誰にも見せない、多分自分だけが知っている腐った本音。
それがどうしようもなく腹立たしかったし、大嫌いだった。
なのに、あの嘘臭い薄っぺらな筈の顔が俺のせいで歪んだ様を見るのは好きだった。
自分だけに吐き捨てられる汚い言葉。
俺にはその汚い面しか見せなかったアイツがふと笑った時の顔に胸が鳴ってしまった。
それからは駄目だった。けど結果的には虹村を選んだ。
自分を好きになった黄瀬じゃなく、自分を好きか分からない虹村を選んだ。
黄瀬と俺は根底では理解し合える。でも違うと思った。アイツには俺じゃないし、俺にはアイツじゃない。
キスされた時、今まで溜めていた感情が交差したような、アイツと俺が初めて繋がった気がした。
俺達の今までが終わった気がした。

今は虹村さんが好きだ。多分これからもずっとあの人だけを見ていく。
けど俺は確かに黄瀬に惹かれていた。俺と同じで汚い筈なのに何処か眩しかった。
俺と似ているのに違うアイツ。初めて他人のことを意識した。
初恋、だった。
虹村と重ねた唇の熱さに朦朧としながら決して誰にも伝えたことのない想いを脳裏で焼いた。






(好きだったぜ、リョータ)




俺はこの苦い想いを忘れない


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
設定?みたいな
ベクトルの流れ

虹村→灰崎
虹村→灰崎→黄瀬←青峰
虹村→(←)灰崎→(←)黄瀬←青峰
虹村→←灰崎(→)←黄瀬←青峰
虹村→←灰崎←黄瀬(→)←青峰
虹灰+青黄

虹村さんは灰崎君が黄瀬君好きだったの知ってるし、黄瀬君が灰崎君好きになったのも知ってます
青峰も把握してます。
黄瀬君は灰崎が自分のこと好きだったのは知らない
黒子と赤司は全部把握
ちなみに青峰の相談に黒子が乗ってたりする。
長すぎて疲れた感しか出せなかった
たった四話でしたが閲覧ありがとうございました。

スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

コメントフォーム

以下のフォームからコメントを投稿してください