古市の腕を掴んだまま廊下を通りすぎていくと男鹿は真っ先に屋上へ向かった。
階段を早歩きで進んでいく男鹿に引っ張られて屋上はあっという間だ。

「古市」
「………………」
「怒ってる、か?」
「……?」

申し訳なさそうにする男に古市は首を傾げた。だって自分が怒らなければいけない理由が分からない。
男鹿がする行動にはちゃんと意味があるということは知っているし、信用しているため疑心を抱くこともなければ怒る理由などもっとない。
古市は男鹿に手を伸ばして髪に優しく触れた。

「俺のため、でしょう?」
「…え………」
「俺が皆さんに詰め寄られて困ってたからですよね?だから、連れ出してくれた」
「……………」
「ありがとう」

違う。そんなんじゃねぇ。俺はそんな奴じゃねぇよ。
お前を独占したいだけのただのワガママな男なんだ。
それでも古市が勘違いしてくれるならそれでいいから、そのまま俺を好きになれ。
俺に独占されろ。
古市に手を伸ばしかけた男鹿の目の前に空を切って降り立った。

「おい、分かったぞ」

声に振り向くとそこにはゴスロリ侍女悪魔が居た。
古市は?を浮かべて男鹿と彼女を交互に見る。

「ヒルダ………分かったって何が」
「そのアホを記憶喪失にさせた術について、だ」
「治す方法分かったのか!?」
「それはまだ分からん。だが術の系統は判明した。系統からその方法を見つけることは可能だろう」

良かったな、と男鹿に言えばその後ろで記憶をなくした古市が哀しそうに男鹿の背中を見つめていた。
ヒルダは古市に近寄りニィと笑みを浮かべて顎を取り、至近距離で瞳を覗く。
急に知らぬ人にそんなことをされ、古市は身動き出来ずにヒルダを見返すが、直ぐに男鹿によって離された。

「古市に何してんだ」
「何も?ただ、つまらぬと思ってな」
「え………?」
「貴様、以前も面白味のない顔をしていたが……今よりはましだったぞ」

意味深な笑みを浮かべて屋上から去っていった彼女を目で追う古市にヒルダのことを教えた。
ベル坊の世話係で一緒に住んでいるが全くの他人であるということ。だが古市にはそんなことどうでも良かった。
ただ、古市を知る一人の人物に「お前は“古市貴之”にはなりえない」と言われたようで、彼女の言葉が深く胸に刺さって。
会ったばかりで貴女に何が分かるのだ、と言いたかったけれど何故か言えなかった。

「古市?大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ」

心配そうな彼を安心させるように微笑めば、何故か哀しい表情を浮かべている。
上手く、出来ていなかったのだろうか。不安になって顔を覗けばくしゃ、と髪に触れられる。
顔を見られないように古市の頭を下に下げ、静かに眉を歪めた。古市が笑う度に胸が痛い。

「男鹿、さん?」
「………記憶、戻す方法が分かったらお前、どーすんの」

記憶を戻したくない、と病室で言った彼の本音に関係なく、術について詳細はまだ聞いてはいないが分かり始めている。
帰ったら詳しく聞く予定だが古市はきっと今、喜んではいないだろう。
笑っていても表情から分かる。男鹿を見上げ、銀髪を揺らしてまた笑った。

「まだ、記憶をなくしてからあまり時間が経っていないから大丈夫ですよ」

そう、記憶をなくしてから想い出をまだ作っていない。
たくさんの想い出を作ったままそれを置き去りにして記憶を戻すことはしたくないが、まだ大丈夫。
男鹿との想い出しか自分にはまだない。

「まぁ、まだ時間かかんだろーから当分は戻んねーと思うぜ?」
「………………」

ポンポン、と頭を慰めるように撫でられ、男鹿の優しさに胸が痛くなった。
本当は元に戻って欲しいくせに………こんな優しさ、いらない。
表情を曇らせた古市に男鹿もやるせない気持ちになり、どう声を掛ければいいのか分からなくなる。

「お前、ムズカシーこと考えすぎんなよ」
「…………?」
「お前の気持ち分かんねーの、嫌だから」
「あ…………」

多分今………髪にキスされた………どうしよう。
男鹿さんに触れられる度、よく分からない感情がじわじわと身体を侵食してくる。
会って間もない筈なのに………どうして?

「教室、戻んぞ」
「………はい」

自然と引かれる手に目が奪われる。大きくて温かい手に少しだけ安心した。
教室に戻ると皆の視線が突き刺さり、古市は男鹿の後ろに隠れて出てこようとしない。
ぎゅっ……、と後ろから服を掴まれ男鹿は満更でもなさそうに顔が緩むのを耐える。
授業中であるため席に座らなければならないが、まだこうして古市と引っ付いていたい。

「えっと………二人とも席に……っひ」

男鹿は教師を一睨みしたが、古市は慌てて教師に謝った。

「ごめんなさい。すぐ座りますから………」

顔を下げたと同時に銀髪がサラリと宙を舞い、上目遣いにクラス一同ほぉ………とため息をついた。
教師すらも頬を赤らめるが男鹿に睨まれ顔を青くする。
こんな古市、本当は誰にも見せたくないがそうもいかないため大人しく席に座った。
一番前の席にいる古市を誰もが見詰める。
余計なことを喋らない古市は本当に、そこらの女子が霞むくらいただただ綺麗で、守りたくなってしまう。
授業中も古市は一応真面目にノートをとっていて、時折シャーペンのノック部分を唇に当てる仕草がまたエロい。

「古市」
「はい?」
「ずっとこっち向いとけ」
「それじゃ黒板が見えませんよ?」
「俺だけ見とけばいいだろ」

直球すぎる言葉に周りは固まり、どんだけ独占したいんだよ!とツッコミを入れることも出来ない。。
古市は困った顔をするとそっと男鹿を撫でた。

「授業中だからそれはできねーけど、休み時間ならいいからさ。それまで我慢しろよ、な?」

「………古市、お前……敬語……」
「あ……………」

知らず知らずの内に口に出された口調に、一瞬記憶を無くす前の古市かと思った。
口を押さえる様子を見る限り明らかに無意識でのこと。
やっぱり、古市なんだ。

「ご、ごめんなさい………」
「謝んな。つーか、そっちのが俺は好きだからやっぱ普通に喋れ」
「でも………」
「そーそー。男鹿ちゃんに敬語使う古市君て違和感有りすぎて気持ち悪いし」
「ホントにな」

夏目の言葉に頷く一同と存在をスルーされ、半泣きな先生。
古市は男鹿に対して出た自然な口調を疎ましく思いながら、でも望まれているのなら仕方ないと頷いた。

「努力は、してみます……」
「おぅ」

嬉しそうな男鹿に顔には出さないが少しだけ胸が痛くなったのは気のせいだ。
だって、敬語を使わないで欲しいのは『古市貴之』がそうだったからで、彼が好きなのは『古市貴之』だから。
だけどそんな理由で『古市貴之』に近付きたくない、なんて違う。
『古市貴之』と俺という存在を一緒にして欲しくないからであって、彼が好きな『古市貴之』に嫉妬してるわけじゃない。
男鹿辰巳に対して特別な感情があるわけじゃない。



「お?古市学校来たのか」
「…………?」

昼休みに登校してきたらしい中々に体格の良い男に声を掛けられる。
勿論誰か分かるはずもない。男の傍にいた人が事情を説明してくれている間、男鹿はずっとその人を睨んでいた。
仲が悪いのかもしれない。

「記憶喪失、な…………、俺のこと分かんねーか?」
「はい………分からないです」
「俺を覚えてねーのに何でテメーを覚えてると思ってんだよ。ばーか」
「んだと?やるか?」
「いーぜ、どっからでも………」

今にも殴り出しそうな二人に周りは捲き込まれまいと距離を取って見守るが、古市はその場から動かない。
そして勇気を出して二人の間に入った。

「お、男鹿さんっ、……喧嘩は……、!」

男鹿の人指し指が唇に触れ、口を止められた。
触れられた唇が熱くなる。

「呼び方、『男鹿』だろ。努力すんじゃなかったのか?」
「…ごめん…………お、…男鹿」
「ん。古市」

男鹿が呼び捨てにされてあんまりにも嬉しそうに笑うから、古市は無意識に釣られて微笑んだ。
それを見ていた東条も笑い、古市の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。

「東条ってんだ。何か困ったことあったら呼べよ、古市」
「あ、はい」
「古市には俺いるからいーんだよ」
「ま、それもそーだな」

見た目は虎のように獰猛な割に好友的で懐深い彼に古市は安心する。
休み時間の合間に話した烈怒帝瑠の女子達も普通に優しくしてくれ………というよりも触られまくった。
肌が綺麗だの髪が綺麗だの勢いが怖かったが優しい。
今日からこの人達と一緒に過ごしていくのかと考えたが、中々馴染めそうな気がしてきた。
しかし、きっとこの人達と居たら楽しい思い出というものはあっという間に出来てしまうだろう。
俺は記憶が戻るその時になってそれを何の未練もなく捨てられるのか。
だがいきなり記憶が戻るのなら考えても仕方ない。消えるときは消えるのだから。

「古市?」
「何でもないです………、あ」
「またケーゴ」
「………ごめん」
「次からケーゴ一回につき何かペナルティーにすっか」
「えぇ!嫌です!………あああ!また敬語を………!」

あわあわと一人で慌てふためく古市が面白くてケラケラと笑った。

クラスの皆との交流もそこそこ深め、一日終えてヒルダと話をするために男鹿の家に向かった。
ヒルダが今居るという確証はないがその内帰ってくるだろうと思い、そのまま古市を連れていく。
家に着くと案の定ヒルダは出掛けているらしく何処にも居ない。

「あー………仕方ねぇ、ゲームでもして待つか」
「ここに居てもいいんで………いいのか?」
「当たりめーだろ。お茶持ってくっから待ってろ」

そう言って出ていった男鹿を見た後ベッドに腰を下ろし、そのまま体を倒すと急に眠気に襲われた。
勝手に人のベッドで寝るなんて駄目だと言い聞かせながら、目蓋は強制的に閉じられてしまった。



(男鹿の匂い、落ち着く………)


え……………?

自分は今眠っている筈なのに頭の中で声がした。
自分と同じ声………だけど、違う。誰?俺じゃない、誰か?
それともこれは夢の中?

(待って、まだ目を開けたらいけない)

誰?これは誰なんだ……?優しく語りかけてくれる人。姿が見えない。
闇雲に手を伸ばし走ってみるが周りには何もない。
確かに気配はそこにあるのに、何も掴めない。

(君は自分が変化してきているのが分かる?)

どういうことだ?
君は何が言いたい、何を伝えたくて語りかけてくるのか教えて欲しい。

(一人称が『僕』から『俺』に変わって、言葉使いも………)

!!確かに最初は『僕』と言っていた筈なのに今は『俺』と言うことが増えている。
言葉使いも、ついさっき教室で咄嗟に敬語を忘れていた。それが自然であるかのように。

(君は記憶を取り戻したくないから、無意識にそうしてるんだ)

どうして?
『古市貴之』の真似をすればするだけ、記憶を取り戻してしまうかもしれないのに。

(きっとその内分かる)

……君は誰なんだ?どうして俺のことをそんなに知っている。
君は俺の……………
!!
唐突に目が開き、視界が開けたと思うと誰かに抱き締められていた。
まるで姿を見せないようにそうしているような、そんな雰囲気を纏わせている。
そして、温かい。

(君の記憶は戻らない)

視界の端で銀色が光り、顔を見ようと離れると、その人は笑った。

(君が        と思わない限り)

今、何て……………?
聞こえないっ………もう一度……!


「待て!!!!」

手を限界まで伸ばすと誰かに握られた。
目を見開き息を荒々しく吐きながら呼吸をする古市を男鹿は心配そうに見詰める。
男鹿の姿を認識し、脱力したため天井に向けて伸ばされた腕はベッドに落ちた。
あれは、誰だった…………?眩しくて顔がよく分からなかった。
ただ、とても綺麗で淡い光だったのは覚えてる。あれは誰だったのか…………

「古市」
「?」

男鹿の指が顔に伸びてきてそのまま何かを掬い、口に含む。

「お前、何で泣いてんだ……?」
「え………」

言われて初めて気が付いた。指先で触れると濡れた感触にさっきの人を思い出す。
あの人が夢の中に居たことは分かるのに、どんな夢だったかは分からない。

ただ、


「とても優しくて………温かかった」

――――――――――――――――――――――――――――――――――

本当に久しぶりの更新です。
少し急展開気味であれな感じですが、古市は記憶無くても男鹿との心の相性は
バッチリなので短期間でもグイグイ来ちゃうんです。
というムリヤリ感溢れてますが気にしては負けですよ!!
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