俺と男鹿が一番最初にキスしたのは中学三年生二月卒業間際。


どうしてそんなことをしたのか未だに分からない。
あの日はいつも通り俺の部屋に男鹿が来てて、受験を控えて勉強する俺の横で黙々と人の漫画を読み漁っていた。
男鹿が何で俺の部屋に居るかというと単純に勉強の息抜きの相手をしてもらうためだ。
これに関して親が反対するとかはなかったから少し驚いた。
どうやらウチの親は男鹿に大分好感を抱いているらしい。
男鹿も男鹿で俺が声を掛けるまでは基本的に黙って大人しい。
男鹿は石矢魔受けるって決めてたし石矢魔なんか名前さえ書けば受かるような学校だから実質もう受験を終えたようなものだ。
だから好きなゲームを買ってずっと家に引きこもって遊ぶことも出来たのにこうして俺の家に殆ど毎日入り浸っていた。
何故かと聞けば「一人で居てもつまんねーだろ」と言われたからまあそうかと納得する。
確かに独りで時計の音と仲良く一緒に居るよりは、同じ空間に誰かの呼吸音がある方が安心した。

そして勉強も一段落して休憩しようと声を掛ければ勢い良くこっちを振り向く男鹿が居て笑った。
新作のゲームを買ったけどまだ開けてないと言った男鹿には流石に驚いたが少し嬉しかった。
そこからは一緒にゲームをして攻略法を考えてどうしても出ない時はネットに頼って、毎日会ってるのに男鹿と話すのが久し振りな気がする位楽しかった。
そして何となく男鹿の方を見ると、男鹿も同じタイミングでこっちを見ていて。
その時、お互いに何を思っていたのかは分からない。
ただ、気がつけば俺達は唇を触れ合わせていた。
皮膚の薄皮一枚。それが重なった。
一瞬触れただけのキスをした後、俺達はそれについて何も言わず直ぐにゲームに戻った。
いつも通りバカみたいに笑って楽しかった。
どうしてキスしたのか分からない。
本当にただ何となく、男鹿が目の前に居て目が合ったから、それだけ。
それだけだけど、した後に気付いたことがある。
唇同士を触れ合わせる行為が自然に感じた。
俺と男鹿の間では当たり前のような行為に思えた。むしろどうして今までしていなかったのか不思議な位にこの行為があまりにも自然だった。

その日以降、俺達はキスするようになった。
多分男鹿も俺と同じことを思ったんだろう。
どうして今までしなかったのか、と。
しかしキスをするといっても最初と同じでタイミングは適当だ。
何故今キスしたのかと問われればどちらも「ただ何となく」と答えるだろう。
それくらいキスを日常に取り入れた。
しかしそう頻繁にする訳ではない。ふと気付いた時にしているだけだ。
人が呼吸をするのは当然のことで、俺達の唇を重ねるという行動は多分それに近い。
当たり前のことを当たり前に行っているだけだ。


そうやって過ごす内に事件と本来は言われるべき出来事が起きた。
男鹿の喧嘩に巻き込まれて高校が合格取り消しになった。
その知らせを受けた時特にショックはなくああそうかと、思ったのはそれだけで。
まるで他人事みたいに思えた。

「…………すまん」

久し振りに家に来たと思うと俺の顔を見るなり謝る男鹿の姿に首を傾げる。
はて、男鹿は俺に何か謝るようなことをしただろうか。本気でそう思った。
気まずそうな男鹿の目が答えを語りようやく分かったくらいだ。

「たかが志望校に行けなくなっただけだろ、死ぬわけじゃねーし」

思ったことをそのまま口にすれば男鹿の鋭い三白眼は大きく見開かれる。
驚きたいのはこっちだ。
まさか男鹿が自分のしたことに対して反省するなんて思わなかったし、こうして謝られるのも何か変な感じだ。
明日は雨が降るなと呑気に思った。

「ま、石矢魔には入れるから別にいーよ」

志望校落ちても俺が何も気にならないのは多分石矢魔に男鹿が居るからだ。
もしこれで男鹿が石矢魔じゃなくて別の高校に決まっていて且つもう入学出来ないような所だったらキレるじゃ済まなかった筈だ。
ふざけんなと罵っていたかもしれない。
それに正直合格取り消しになってほっとしている。
これで良かったというか、腐れ縁ってのはどんな時でも切れないもんだなと。
そして今になって分かったことがある。
きっと独りは退屈だ。
周りに誰が現れても、友達になったとしてもきっと俺は独りだ。
男鹿以上に楽しい奴もムカつく奴も強い奴もいない。だから合格取り消しは正解だった。
もうちょっとでつまんねー高校生活送るとこだった。想像しただけで息をするのすら億劫な気分になる。
そんな俺を男鹿はきっと分かってない。

「お前はそれで…………後悔しねーのか」
「しねーよ」

あのまま別々の高校に行っていたら、お前と違う道を選んだことに必ず後悔していた。
俺は多分コイツが居ればどこでだって生きていけるから、天下の不良高だろうが関係ない。
だからこれで良かったんだ。
その答えに男鹿も納得したのかさっきまで固くなっていた表情筋が緩んでいた。


そして俺達はまたキスをした。







高校生になり、魔王の子供を育てることになっても悪魔が家に住み着いても俺達は何も変わらない。
何も変わらないまま何も考えず時折口と口を重ねる。
変わったのは周囲を取り巻く環境だけだ。
男鹿の周りに人が増えた、たったそれだけの変化。
それだけだけど、それは今まで有り得なかったことで。男鹿が俺以外を傍に許したのは初めてだ。
いや、これを男鹿に言えばあからさまに嫌そうな顔をして否定するんだろうけど。
それでも喧嘩する相手が同じだからとか理由はどうであれ男鹿が一緒に喧嘩することを許したのは事実だ。
俺はそれが嬉しかったのと同時にほんの少しだけ怖かった。
今までの関係が他の影響で僅かでも違うモノになってしまうような、そんな予感。
だから他人と一緒に居る男鹿に進んで話し掛けることはしなかった。
その結果俺が勝手に拗ねて男鹿と殴り合いの喧嘩をすることになってしまった訳だが。
でもそのお陰で気付けたこともある。
男鹿と俺の関係は初めて会った時から何も変わらないしこれからも絶対に変わらない。
ただ当たり前のように隣に、対等な場所に立っている。
それは俺達が俺達以外の他人と関わっていく事になっても変わらない。
男鹿はそれを分かってた。
俺は頭の中ではそう思っていたけど、言葉としてその意味を理解してなかったんだと思う。

「………すげーな」

男鹿は。
そう言った真意を男鹿が理解していたかは分からない。
けど、何故か自信ありげな顔でおう、と返事した男鹿には叶わないと思った。


そうして俺達はいつか振りのキスをした。

久し振りのその行為はやはり酷く身体に馴染んだ感触がして、喉に詰まっていたモノが取れてやっと息が出来たような気分だ。
男鹿も俺と同じだったのか、いつもは一度したら直ぐに離れるのにいつもより少し長く押し付けられた。
口を離せば何事もなかったように口を開く男鹿に安堵する。

「家来るだろ」
「そうだな、ゲームの続き………っつってももう大分進んでるよな?」

前一緒にしたのはもう数週間も前だ。
やりこみ型の男鹿のことだ、下手したらもうクリアしているかもしれない。
しかしそんな予想に反して男鹿は何とも言えないような顔をして視線を横へ流した。

「あー………あれから手ぇ付けてねー、よ」
「え、マジで」
「おう」

あの男鹿があれから一度も手を付けてないと言う。
なんで、とは聞かなかった。
聞いても変にむず痒くなるだけな気がしたし、俺達の間にそんな言葉はいらない。
この言いようのない底から込み上げてくる感情さえあればそれだけでいい。

「じゃーさ、今日徹夜でやろうぜ」
「だな」

きっとゲームをしている最中でも俺達はキスをするんだろうな、と思いながら男鹿の家へ向かった。









高校生活も半分を終えた頃俺達は相変わらず口を重ねていた。
頻度はやはりバラバラで、連日でする時もあれば何日、何週間と空くこともある。
家の中は勿論、最近では学校の中でもするようになっていた。
学校の中と言っても主には誰も居ない屋上や校舎裏で偶に放課後の教室。
今まで意識したことはなかったが、暗黙の了解として人前では絶対にしないし確実に居ない状態……つまり家の中でしかしなかったのに、ここ最近は学校でもする。
あの喧嘩以降少しずつ学校でするようになり、頻度が上がったのは本当に最近だ。

誰かに見られたらどうとかそういうのは二の次で、ただなんとなくしたい。
場所何か関係ないと男鹿に言われているみたいで、別にそれが嫌な訳じゃなかったから何も言わない。
というより多分俺達は本当に場所なんか関係ないんだと思う。

仮にキスしている所を誰かに見られたとして、キスをしていたのか、と聞かれても俺達はどちらも事実を答えるだろう。
キスしている、それがなんだと。
俺達にとってその質問は人に息を吸っているかと聞くのと同義だ。
聞くことに意味なんてない。
それが当たり前なんだから。
そう思っていても人前でしないのはこの行為に罪悪感が有るわけでも、背徳感が有るわけでもない。 
ただこれは俺と男鹿だけの秘密の行為で、何となく人には知られたくない。
ひっそり、そっと口と口を重ねるだけのそれが大切なものだと思えるからこそしまっておきたい。

キスをしたいだけなら彼女を作れば良いだけだけど、俺は男鹿が良い。
女の子は好きだし付き合いたいとも思う。
けど、それはキスしたいとかそういうのではなくてデートしてお喋りしてっていうそんな付き合いを望んでいる訳で…………いや、少し違うかもしれない。
俺がそう考えるようになったのは男鹿と初めてキスをしてからだ。
あの日までは可愛い女の子とのファーストキスを夢見ていた。

けど、あの日男鹿とキスしてから女の子と自分がキスをするイメージが頭に湧かなくなっていた。
あの時、俺には付き合っている彼女がいたけど男鹿とキスしてしまったことに何の罪悪感もなかったし、あの一瞬に彼女のことは頭になかった。
それから彼女とデートをしてそこそこ良い雰囲気になった時彼女はいつもより幾分甘い声で言ったのだ。
キスしたい、と。

「なんで?」

そう言ったあれは本気で素だった。
けれどあの時頭に浮かんだのはその『なんで』という疑問だったからそれをそのままぶつけてしまった。

「なんでって………付き合ってるなら普通、だよ?」
「こうやってデートするだけじゃ駄目かな?」

キスは、ごめん。
そう言った古市を振った彼女の顔は辛そうに歪んでいたのを今でもはっきり覚えている。
けど仕方なかった。
だって俺は男鹿以外とキスするは無理だと思ってしまった。
何かが違う。気持ち悪い。
それからは一度も彼女を作っていない。
よくよく考えればキスをしないのを前提に付き合うのは無理な話だし相手が可哀想だ。
何より俺は仮に彼女が出来たとしても男鹿とキスし続けるだろうから。
それが分かっているのに彼女を作る気にはならない。

でもいつかは男鹿も俺も自分達以外にキスするような相手が現れるのだろうかと、遠い未来を考えてみるがあまりに想像につかなくて考えるのを止めた。











そうやって俺達は気付くともうすぐ三十路を迎えるような歳になっていた。

相変わらずキスはしていて回数はそこら辺のカップルより数倍は多いんじゃないだろうか。
何十回何百回としてきたキス。
無駄に年期だけは入っている。
まさかここまで続くとは正直思っていなかった。
お互いの仕事先が近いだとかの理由で今は一緒に暮らしているが流石にそろそろ笑えない。

「男鹿、お前さ……見合い話とか受けねーの」

何となく目に留まったゴミ箱には見合い写真らしき物が捨ててある。
これ中見てすらねーだろ。
古市の言葉に男鹿はそっくりそのまま同じ言葉を返す。

「お前だって受けてねーじゃねーか」
「それは、まあ………そうだけど」

男鹿も古市も会社ではそこそこの成績を収め昇格も地道にしている。
それに加え二人とも見目が良いとなればそういう話は嫌でもやってくるし同僚に好意を向けられるのも日常となってしまった。

「見た目が良いと大変だよなー」
「誰の」
「俺とお前?お前はワイルド系イケメンで俺は儚い系美生年」
「儚いとか(笑)」
「うるせーよ、黙ってたら儚いだろうが」

拗ねたように口を尖らせるとそこに男鹿の口が重なる。
いきなりなんだと男鹿を見ているとニヤニヤした顔があって、無償に腹が立ってとりあえず殴っといた。
お互いキスについて何か言ったことはない。
見合いを断る理由も明確には言ったことはない。
何となくその二つは一枚板を挟んで繋がっているような気がして口に出すのは憚られた。
男鹿は珈琲を飲みながら言う。

「俺は断ってんのにジョーシが無理やり押し付けてくっからいい加減ウゼェ」
「…………なんて断んの」

極僅かに脈拍が早くなる。
古市は普段より優しい色を含んだ声に静かに耳を傾けた。
お前は何て言って見合いを断んの。

「一緒に住んでる奴が居るって」

その言葉に心臓が落ち着くのが分かる。
安定したリズムを身体に刻んで温かくなる。
不思議な感覚に堪らなくなって男鹿を見ると男鹿もこっちを見ていて、それが何処か嬉しくて。
気がつけばまたキスしていた。

男鹿の傍は居心地が良くて楽だ。
それは男鹿も同じだから、お互い離れる気なんて更々ないし、今更別々になれるわけがない。
そんなことが出来るならとうの昔にしている。

一番最初にキスしたあの日。
あの日、目が合った瞬間からこうなることは決まっていた。

皮膚と皮膚の薄皮一枚。
それが重なるだけだ。

たったそれだけのことなのに、それをした瞬間に直感した。
俺はコイツから離れられなくなる、と。
けど後悔はしていない。
それでもいいと、このままただ何となくお互いを求めていければいいとそう思うから。

「男鹿」
「ん?」
「キス、しよーぜ」

男鹿の目は一瞬見開かれたが直ぐに元に戻って、笑った。
優しく重なった唇は温かかい。
鼓動が静かに速く脈打つ。

幸せだと口から零れた言葉を掬うように男鹿は何度も俺にキスをする。















俺達は多分死ぬまでこうやっているんだろうなと、頭の片隅で思った。




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付き合ってない男鹿と古市が三十路になるまでずっと息をするようにキスしてる話でした。
このおがふるは恋愛的な好きとかはあんま分かってないです。
ただ一緒に居られるのが幸せっていうそれ以上でもそれ以下でもない関係。
だからキス以上のことをする必要がないみたいな感じです。 




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