青峰に好きだと言われた。
その眼の奥に見える熱は嫌になるくらいよく知っている。
それは自分がいつも好きな人に向けている眼、一人の人にただ直向きに惹かれ、恋をしている男の眼だ。
体は青峰から逃げるように無意識に後退し、ゴールリング下の壁に背が触れる。
逃げられないと悟ると黄瀬は睨むように青峰を見据えた。
「…………」
「黄瀬」
青峰は黄瀬に近づき、ゆっくり壁に片手を付いた。ビリビリと空気が緊張しているのが分かる。
この近距離でこんな空気を味わうのは1on1をしている時くらいだ。
それがバスケも何も関係ない今、二人の間に流れていた。
「お前が灰崎を好きだって分かった理由、知りてーか」
「………………」
黄瀬は首を静かに小さな動作で横に振った。
そんなモノ言われなくたって分かってる、痛いほど誰よりもこの俺が知ってる。
俺も、そうだった。だからこそ聞きたくない。
しかし青峰は黄瀬の今出来る精一杯の主張を無視し、続けた。
「好きだからお前を見てた。そしたら分かっちまった」
知ってる。好きだから目が勝手にその人を追って、他人からしたら本当に些細でくだらないことでも知れば知るほど好きになっていく。
でも終わりは突然だ。
知りたくなかったことを知って、好きだからこそ分かってしまう事実に悲しみとも取れる絶望感を味わう。
失恋をした瞬間だった。
苦虫を踏み潰したような顔で俯く黄瀬の拳は強く握られている。
青峰は空いている方の手で固く握り込まれた拳を上から包むように掴み、微弱な力で、それでも確かな力で手前に引いた。
「俺はお前が誰を好きだろうが関係ねぇ」
「は………」
「失恋なんか、しねーよ」
「……なに、言って………」
掴んでいた拳を素早く掴み直し、そのまま壁に押し付ける。
顔がつきそうな程近い距離で青峰は黄瀬に挑戦的に笑った。
「ちゃんと捕まえてやっから、覚悟しとけよ。黄瀬」
言葉が出なかった。断りを入れなければいけないのに言葉は出てこず、青峰が去った後静かに感嘆の息を洩らした。
好きな人に好きな人が居た、それは変わらない筈なのにどうして。
どうしてあの人は諦めようと思わなかったのだろう。
手を伸ばしたとしてその腕が、指が届くかなんて分からないのに。少なくとも俺には無理だった。
「やっぱ、青峰っちはすげーな…………」
それでも俺は今好きな人を精一杯好きでいたいから、靡くことはまだ出来ない。
気持ちの整理だって本当はついてない。
彼を見る度話す度、胸が躍って温かい気持ちになる。
青峰は俺に対して同じ気持ちを持ってて失恋はまだしていないと。
『恋を失う』と書いて失恋なら俺だってまだ失恋した訳じゃない。
だから今は、本当に失う日が来るまではこの想いを大切に守っていきたいから。
「絶対、好きになんかなってやんねーよ」
*****
青峰に衝撃の告白をされひと月が経った。
黄瀬は自主練を終えるとボールを倉庫に戻し、意味もなく自分以外誰もいない体育館の隅に座る。
「……………………」
ひと月前、此処で青峰に告白された。今でも鮮明にあの時のことは覚えている。
どうしてこんなことになったのか、正直頭が痛い。確かに覚悟しておけと言われた。
だからこっちもそれなりの覚悟を決めてちゃんとお断りをしようと思っていた。
アタックしてきた所を振ってしまえばそれで終了だと思っていたのが間違いだった。
青峰がここ1ヶ月で黄瀬に特に何かをしたかと言えば何もない。
そう、何もないのだ。ただ見ているだけ。気がつけばいつも視線を感じる。
普段皆と話す時も普通で、正直拍子抜けする程に何もない。
何もないのならいいではないか、とそう思えればいいがそういう訳にもいかない。
逆にただ見られているだけの方が余程気になる。
もしかしたら青峰は以前から自分を見ていたこうして見ていたのかもしれない。
自分が気がつかなかっただけで本当は。
意識し出せば青峰の視線はとても分かり易く、今までどうして気付かなかったのか不思議な程だ。
青峰の視線はどうにも居心地が悪い。
まるで好きだと言われているかのような眼で真っ直ぐ見つめてくる。
「どーすっかなー…………」
考えれば考える程溜め息しか出てこない。
あれ以来部活に来る度この体育館であったことを嫌でも思い出してしまう。
告白されて全く意識するなという方が無理な話だ。
それに相手は俺が誰よりも憧れた男。
「そういや、1on1してねーな…………」
そうだ、告白されてから一度もしていないとふと気付いた。
流石に今の状況で誘う程能天気には出来ていない。
けどやっぱり青峰とする1on1は特別だから長くしなければしないだけ溜まるモノはある。
青峰が告白さえしなければ前と変わらず今も何も考えずがむしゃらに向かって行けたのに、と思うことはいけないことだろうか。
「なんで、告白なんかすんだよ…………アホ峰」
大体『俺にしとけ』なんて、そんなこと出来たら俺だってこんなに辛くねーよ。
俺がどんな想いでこうしてるか知らないくせに。
んなこと言われてホイホイ引っ掛かるような、今の気持ちを簡単に棄てれる程俺の想いは軽くない。
どれだけ、一体どれだけの覚悟で協力してると思ってるんだ。
本当に本気だから気持ちに蓋をして閉じ込めて、必死に押し殺して我慢して。
縄で心臓を締め付けられるような息苦しさと痛みを耐えて。
自分が思っていた以上に好きになっていたことに気付いても、もう遅い。
「………………」
こうして独りきりになっても、たった一言呟くことさえ出来ない。
もし声に出してしまったらきっと抑えきれない。
だから、自分の胸の内だけでそっと熱を込めて静かに告げる。
好きだよ、ショーゴ君
*****
灰崎の相談に乗るようになってもう2ヶ月が経つ。
黄瀬のアドバイスはと言うと残念ながら2人の距離を縮めることにかなり貢献してしまっていた。
最近では休日に二人きりで出掛ける、所謂デートにまで協力した。
灰崎はあったことをそのまま事細かに話すようなことはしないため、要点だけを聞いて次に繋げる。
手慣れてきた自分にガックリと肩を落としたい所だ。
けど、やっぱり隣に居られる今の状況は嬉しい。
偶に赤くなる顔も笑った顔も照れ隠しの仏頂面も全部愛しい。
ちゃんと見ている人にしか気付かない彼の魅力が眩しくて、それでも目を離せない。
虹村きっと灰崎のそういう所に気付いて彼を見ている。
なら、灰崎は?
灰崎は虹村の何処を見ているのか、黄瀬は灰崎に尋ねる。
「ショーゴ君は何で主将が好きなんスか」
灰崎は驚きで目を見開いた。
そんなに驚かれるようなことを聞いただろうか、と驚かれたことに驚く。
首を傾けた黄瀬に灰崎は脱力した声を出した。
「あー…………いや、何でってあの人に惚れたトコが知りてーわけ?」
「まあ、そうなるんスかね」
黄瀬の答えに灰崎は何やら難しそうな顔をして唸った。
そんなに唸るような問いをした覚えはないが。
少しの間黙ると灰崎は頭を掻き、面倒くさそうに言う。
「なんつーか、今ならあの人のそーいうトコ言えっけど………多分理由はそれと違ぇわ」
「?」
言っている意味が分からないという黄瀬に自分でもよく分かんねーけど、と付け足す。
これを上手く言葉にするのは難しい。
「好き……になった時は理由なんかなかった。キッカケはあったけど、キッカケはキッカケでしかねーし。まぁ、偶然と偶然が重なった結果みてーな?好きなトコは好きになってから出来たっつーか…………あんま分かんねーけど」
「……………」
そう言った灰崎の横顔を黄瀬は真っ直ぐな眼で見つめていた。
それ、分かるよ。と優しい色で惚けたように灰崎を見た。
俺もそうだった。好きになるのに理由なんかない。好きだと思うから好きなんだ。
けど、灰崎が好きなのは自分じゃない。
黄瀬は灰崎の腕を掴み手前に引いた。
反射で身を強ばらせ、灰崎は倒れないよう体を後ろに引く。
その瞬間、黄色く輝く瞳が哀しげに揺れたのを捕らえたが灰崎に理由は分からなかった。
きっと主将が相手なら身を任せるような動作でも、俺が相手ならそれは違う。
もし俺が主将になれたら、そうしたらこんな想いはしなくても良かった?
もしも、
「もしも……それが、そのキッカケとか全部、主将じゃなくても………ショーゴ君は、好きになってた?」
「……………は、」
灰崎の目が丸く開かれ黄瀬を凝視する。
自分でもどうしてこんなことを言っているのかが分からなかった。
聞いてどうする気なんだ、自分はどうしたいんだ。
それでも、もしもの仮の話でもいいからチャンスが欲しかったのかもしれない。
「もし、それが」
俺だったら…………─────────
言い終える前にバタンと鉄製の扉が開く音がした。
嫌な予感がした。
自分の勘は嫌な時に限って当たるから、どうか違ってくれと願った思いも虚しく散る。
目を見開き黄瀬の頭上を見上げる灰崎の瞳に映る人物は今一番会いたくなかった人だった。
振り向けばそこに居るのはやはりその人で。
何でこのタイミングで来てしまうんだ、と歪む顔を抑えて表情を取り繕う。
「何だ、黄瀬も居たのか」
「ショーゴ君のお迎えッスか?主将も大変ッスねー」
「うっせ!死ね!」
「お前に付き合ってくれるヤサシー友達に何言ってんだ。数少ねー友達失うぞ」
こんなん別に友達じゃねーよ!と吠える灰崎をいつものようにからかう虹村の二人のやり取りを見ながら、黄瀬はのそり、と立ち上がった。
黄瀬に視線が集まる。
するといつも以上にへら、とした笑みを浮かべて扉の方へ歩く。
「二人の邪魔しちゃ悪いんで、俺先行ってまっす」
ひらひらと手を振りながら黄瀬は屋上から去った。
灰崎は黄瀬を呼び止めようとしたが、その後ろ姿に何故か言葉が出なかった。
何となく声を掛けてはいけないような、そんな気がして口を開けなかった。
閉じた扉を睨み付ける灰崎の頭を虹村が叩く。
パシンといつもより軽い音の通り、痛くはないが急に叩かれたことに対し不満げに虹村を見た。
「いきなり何すんだよ………!」
「別に?こっち見ねーから」
「はあ?アンタほんと横暴にも程があんだろ!」
「手加減してやったろうが」
そういう問題じゃねーよ!
今にも牙を剥き出しそうな灰崎の真横にどっかり胡座をかくと、虹村は灰色の髪を無防備に揺らす後頭部に手を回して掴んだ。
突然頭を掴まれた灰崎はまさかこのまま握り潰されるのではなかろうかと冷や汗を垂れ流す。
とにかく何でもいいから謝罪の言葉を、と口を開きかけた瞬間自分の頭は虹村の肩に寄りかかっていた。
「え…………なに……」
「今日は、俺もサボりてー気分なんだよ」
「…………は……?」
「だからもうちょいこのまま、な」
「……………!」
いつもより優しい声につい反抗出来なくなる。
密着した距離にじわじわと熱が上昇していく、むず痒いようなこの恥ずかしい感覚が嫌いだ。
自分が自分じゃなくなるようで落ち着かない。
もう手は離れているのに触られた箇所は静かに熱を持ったままで、頭がおかしくなるんじゃないかと思う。
そんな必死な灰崎を余所に虹村は勝手に話し出した。
「灰崎、お前最近黄瀬と仲良いよな」
「はあ?良くねーっスよ」
その認識は心外だと頭を持ち上げ虹村を睨んだ。
しかし虹村はあからさまに不機嫌になる灰崎を物ともせずにでも、と言葉を付け足す。
「噂になってんぜ?お前が黄瀬に懐柔されたってよ」
灰崎はその勝手な噂に怒りを通り越して呆れた溜め息しか出てこない。
何をどう見たら俺がアイツに懐いてるように見えるんだよ。
ソイツ等目玉ちゃんと付いてんのか?そう問いたいくらいに謎だ。
つーかソレ明らかに逆だろ。
「懐いてんのは俺じゃなくて、アイツだろ。俺から近寄ったことねーし」
「え、そうなのか」
「まさか虹村さん、アンタまでそういう風に見えてんの?マジで?」
ありえねーウケる、と乾いた笑い声を上げる灰崎の頭を殴りつける。
勿論手加減はしているが痛いのか頭を抑えて声にならない声を上げる。
「ア、ンタ………っ、ほんとその手癖止めろよ!つーか今なんで殴った!?」
「えー、何となく?あと敬語使え。殴んぞ」
もう殴ったくせに。ぼそりと呟けばもう一発食らわされた。
灰崎はコンクリートに背中を預けながら眉間に皺を寄せて覇気のない声で言う。
「…………黄瀬とはほんとに仲が良いとか悪ぃとかそんなんじゃねースから」
黄瀬とはそういうのじゃない。
説明し難い関係ではあるが、多分周りが思ってるようなそんな単純な話ではないことだけは確かだ。
アイツは近寄って人の中に入り込もうとする癖に自分の内は人に明かさない。
俺にも言おうとはしない。だから俺も聞かない。
仲が良く見えるのはアイツのことを周りのヤツ等が理解していないからだ。
本当はそんなんじゃないのにな。
灰崎の言葉に虹村は視線を灰崎から外し、遠くに目を遣る。
「…………ふーん………じゃ、俺になら懐いてくれんのか」
灰崎の目が大きく見開かれる。
いきなり何を言い出すんだこの人は。
何を言うでもなく口だけが上下に開閉する。
分かりやすい動揺に虹村は楽しそうに笑った。
「おっまえ、ほんとおもしれーな!」
「意味わかんねーし………」
からかわれただけかと呆れ顔で虹村を見るとジッと見つめられる。
一体何なんだ。頼むからそんな風に見るのは止めてくれ。頭がクラクラする。
灰崎の胸の内を虹村が知るわけもなく、今度は頭を撫でられ思考が固まる。
虹村はポカンと口を間抜けに開けたままの灰崎に笑みを浮かべて言う。
「俺はお前に懐かれてると思ってたけど、実際誰にならお前懐いてんの?」
「懐いてねーし、その言い方止めろよ。犬猫じゃねーんだから」
「いや変わんねーだろ。人に慣れねぇノラみてー」
普段は重い拳しか繰り出さない手が優しく手の平で包むように灰崎を撫で続ける。
あまり他人とこういう類の触れ合いをしたことがなく、人に触れられて安心するなんて感覚、この人に会って初めて知った。
慣れないし気恥ずかしいがそれでも虹村に抵抗する気は起きずされるがままだ。
頭を大人しく差し出す灰崎から虹村は視線を外し、居心地悪く言う。
「お前、最近マジでどうした?」
「何がスか?」
灰崎は撫でられたまま無意識の内に虹村の肩に寄りかかっていた。
その内ゴロニャンと喉を鳴らし始めるのではないかという位気持ちよさそうだ。
「いや、俺は別にいいんだけどな。でもなんつーか色々困るっつか………」
「?」
そこで漸く頭を持ち上げ虹村を見上げる灰崎の視線に心臓が鳴った。
虹村は灰崎の頭をポンポンと緩く叩くと手を離し、優しい声で笑みを向ける。
「あんま、可愛いことすんな」
可愛いと言われたのは二度目だ。
一度目のような逃げ出してしまう程の羞恥はないが、やはり慣れない。
それにこういう時どう反応すればいいのか分からない。
目が泳ぎまくっている灰崎に虹村は吹き出す。
「な、なんだよ」
「いや、お前ほんと俺に懐いてんなーと思って」
「はあ?懐いてねーよ!勘違いしてんな!」
ニヤニヤと笑う虹村に灰崎はさっきと打って変わって牙を剥き出しにする。
いつものように反抗的な態度に安堵した。
虹村は今にも噛み付いてきそうな灰崎を更にからかう。
「俺のこと大好きなくせに素直じゃねーの」
「誰がだ!死ねよマジで!!」
顔を赤くして殴りかかってきたが虹村はそれを容易く交わす。
そして突き出された手首を素早く掴むと強く引いた。
勿論灰崎の体は殴りかかる勢いを付けたまま虹村の胸に飛び込んだ。
咄嗟に虹村を突き放そうとするが腰に手を回され逃げられない。
「捕まえた」
「………なっ………ちょ…」
顔の近さに戸惑う。まるで抱き寄せられているかのような体勢にまともな言葉が出てこない。
体中の血液が沸騰しているんじゃないかと思う程心臓が熱い。
虹村の指先が灰崎の顎を捕らえた。
目が逸らせない。これ、ヤバい。
「さて、と」
灰崎の肩がびくりと揺れる。
虹村は口角を上げた。
「先輩に殴りかかった罪は重いぞ?」
満面の笑みを浮かべた横には握られた拳。
そういえばいつの間にか回されていた腕の気配はなくなっている。
顔から血の気が引く音がした。
「ちょっ、虹村、さ…………っ」
「歯ぁ食い縛れ」
直後、灰崎の叫び声が屋上に響き渡った。
*****
屋上の扉を閉め、黄瀬は足取り重く階段を無言で表情暗く降りていく。
胸に穴が空いたようなそんな虚無感。空気が身体に染みて痛い。
二人を目の当たりにすると視界が真っ暗になった。
腹の中が沸き立って、抑えきれない負の感情が渦巻いて苦しい。
このままだとどうにかなってしまいそうだと、持て余す感情の気持ち悪さに眩暈がする。
踊場に座り込んでしまいたい脱力感に逆らいながら角を曲がると人にぶつかった。
力無く絞り出すような声で謝るが聞こえてきた声に身体が固まる。
「黄瀬?」
「……!………あお、みねっち……?」
何で此処に、という言葉は掠れて出てこなかった。
しかしその意が分かったのか青峰は答える。
「赤司に虹村さんと灰崎、あとお前がいねーから捜してこいって頼まれた」
「あ、そうなんスか…………俺もう行くから大丈夫ッスよ」
何が大丈夫なのか自分で言って分からない。
射抜くようにこちらを見つめてくる青峰から顔を背ける。
その瞬間目元まで垂れた前髪を撫でるように掻き上げられ顔が上向き、深い蒼と目がかち合う。
今度は顔が逸らせなかった。
「………酷ぇツラ」
そう言った青峰は呆れたように黄瀬を見る。
そして屋上の方へ目をやり納得したようにあぁ、と声を出した。
黄瀬は俯き歯を食い縛り、拳を強く握った。
そんな目で俺を見るな。自分が馬鹿ってことは初めから分かってる。
だから、そんな憐れみの目を向けてくれるな。
こんな気分でこれ以上青峰と一緒に居たくないと一歩踏み出した。
「俺、もう行くから」
青峰は避けて通り過ぎようとする黄瀬の腕を掴み、足を止めさせる。
「…………離せよ」
「……………」
普段のへらへらした顔はなりを潜め、怒りが滲んだ低い声が静かに廊下に響く。
睨む眼には1on1を挑む時のような光はなく、濁った色が淀んでいる。
それを見て青峰が何を思ったかは分からない。ただ、怒りの感情は見て取れた。
黄瀬が本能的に逃げようと身体を引いた瞬間、強く引き寄せられ気が付けば口を塞がれていた。
「…………っ……は、なせ!」
顔を背けて逃げるが今度は両手首を掴み壁に押し付けられ、再度口を塞がれる。
乱暴な押し付けるだけのキス。
技巧も何もないが混乱している黄瀬はそれだけで息が上がった。
何度も何度も重ねられる唇にされるがまま力がなくなっていく。
「……っ、ン………はッ……なん、でこんな………っ…」
漸く解放された頃、黄瀬の目尻には涙が浮かんでいた。
青峰は今にも零れそうなそれを指先で拭ってやる。
そしてもう一度、今度は優しく触れるだけのキスをして言った。
「好きだ、つったろ」
「…………」
黄瀬は青峰の言葉をただ聞くことしか出来ない。
頭の中がグチャグチャで何も考えられず、眉は八の字に垂れてまた泣きそうな顔をしている。
涙を浮かべた黄金色の瞳はさっきまでのような濁った色ではなく、澄んだ綺麗な色で青峰を見つめた。
青峰はこの眼が見たかったのだと黄瀬の目蓋に唇を寄せる。
そして黄瀬の額に自分の額をコツンと当てた。
「なぁ、黄瀬。………俺にしとけ」
俺ならお前にそんな顔させねぇ。
馬鹿みたいに挑んで負けて悔しがって笑う、そんなお前が好きだ。
見てるこっちが嬉しくなるような溶けた顔で嬉しそうに笑うお前が好きだ。
日の光に透けるような瞳が、髪が好きだ。
俺に憧れたと、俺が自分に光をくれたと言ったお前が好きだ。
俺はそんな黄瀬の全部を抱き締めたい。
だから、
「俺にしとけよ」
それは懇願。
黄瀬からゆっくり離れ正面から見つめる。
戸惑いの表情に青峰は笑い掛けた。
「無理やりどうこうしようってんじゃねぇよ。ま、考えとけ」
「…………………」
それだけ言って立ち去る後ろ姿に伸ばしかけた手を反対の手で掴み、止める。
ここで引き留めたら駄目だ。
青峰の姿を見送り居なくなったことを確認してから力無く床に座り込んだ。
膝を抱えて顔を押し付ける。
そうしなければ情けない泣き顔が余計くしゃくしゃになってしまいそうで。
声を殺して泣いた。
『俺にしとけ』
「………………クソッ……!」
───────────────────────────────
黄瀬くんがとんでもなく面倒くさい仕様です。
でもそれは黄瀬くん主観で話が流れ出るからであって、周りからしたら全然そんな風には見えないっていう設定?みたいなものがあります。
青黄がシリアスしてる裏で虹灰がイチャイチャしててごめんなさい。
あと虹村さんが完全に灰崎くんを口説いているようにしか見えないのは私だけか。
強引で切なくて苦しい愛が溢れてるのが青黄。
焦れったくて保守的で愛しいのが虹灰。
私の主観ですけども(笑)今回は予想外に虹灰食い込んできたので次回こそ青黄多めでいきたいです…
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