「俺に近寄んな」

そう言った男鹿の目は何処か必死で苦しそうだった。










「………………………」

意味が分からない。
俺はただ一緒に帰ろうと肩を掴んだだけだったのに。
あんな風に乱暴に振り払われたのは男鹿と最初に喧嘩した時以来だ。
怒らせた訳じゃないと思うけどどうにも引っ掛かる。
あんな、何かに耐えるような目をした男鹿を俺は今まで見たことがない。
とりあえず落ち着くまでは暫く放っといた方がいいだろ。

それから数日古市は男鹿の言ったように必要最低限近寄らないように接していた。
古市自身、男鹿と一緒に居ないと困るようなこともないため別段普通過ごしていたが、ふと視線に気付く。

「……………?」

何処に居ても何をしていても感じる視線。
視界の端に男鹿を見た時、なんだお前かと安心する。
何を考えているのかは分からないが自分に害がないなら別にいいか、そう思うのは大きな間違いだったらしい。
古市が誰かと話しているとより視線の強さが増すようで、話していた相手が萎縮して何処かへ行ってしまう始末だ。

「よお、古市」
「姫川先輩…………」
「お前等何かあったのか」
「何かって………それ俺が聞きたいですよ」

多分自分のせいで教室の空気が死ぬほど重い。
何で皆こっち見るんだ。俺だって分かんねーよ。
姫川は深くため息を吐く古市にニヤリと口角を上げると体を寄せ、肩を抱いた。

「な、何スか?」
「いや?ほっせー肩だと思ってよ」
「は?意味分かりませ………」

姫川が古市を引き寄せた瞬間、後方からけたたましい音が耳に響いた。
振り向くとそこには男鹿が立っていて、机と椅子が辺りに散らかりガラガラと音を立てながら崩れていく。
男鹿の殺意は完全にこっちに向いている。
射殺すような瞳に姫川はたじろぐが、直ぐに可笑しそうに笑った。

「はっ、はは!なんだ?男鹿。何をそんなに怒ってやがる」
「……………うるせぇ」
「別に普通に話してた、それだけだ。なぁ古市?」
「まあ………」

男鹿が怒ってる。なんとかしないとと思うのに何で怒っているのか分からない。
当惑している古市の肩を姫川がさっきよりも強く抱いて引き寄せた、その直後、姫川の足は地面に付いていなかった。
襟元を掴み片手で姫川を持ち上げる力はやはり規格外で、周囲は息を呑むことしか出来ない。

「……ッ…………く、」
「触んな」

古市に触るな、そう低く唸る声に冷や汗が流れる。
本気で殺されると錯覚してしまう程の鋭い怒り。
姫川は言葉を発することなくただ苦しそうに男鹿を見下ろしていた。
何でそこまで執着しておきながら突き放すようなことをするのか、最初は分からなかった。
けど、この怒りを目の当たりにすれば嫌でも分かる。
コイツは古市を自分の欲で潰しちまうのが怖いんだ。怖い、のに手放すことは出来ない。
だから距離を取ってただ見ることを望んだんだろうが、結局お前は黙って見てることなんか出来ねーんだよ。

「は、余裕ねぇ、な…………ッ」
「うるせぇ」

姫川の首を締め上げようと更に力を籠めようとすると横から強く腕を掴まれた。

「男鹿」

静かな声に視線を遣ると古市が険しい顔で止めろと言っている。
男鹿は言われるまま力を抜き、姫川を床に転がした。
しかし男鹿の目に蠢く色は未だ消えておらず、どうしたものかと古市は取りあえず姫川が無事なことを確認し、倒れた机と椅子を起こす。
まずは人目のない場所に移動すべきかと、立ったまま黙している男鹿の手を軽く引くが動く気配はない。

「男鹿、来い」
「………………」

古市の声にピクと反応すると気まずそうに顔を逸らし、足を動かした。
思ったよりも素直に近付いてきた男鹿に内心ほっとしながら鞄を肩に引っ掛ける。勿論男鹿の分は自分で持たせたが。
色々思考したがやはり家で話すのが一番良いだろうと家路を行く間二人は一言も発しなかった。
古市の手を振り払うことなくただ黙って後ろをついてくる男鹿は大分落ち着いたらしい。
家に着くと男鹿は手を離されても部屋まで付いて来た。

「………………ここ、座れよ」

ベッドに腰を下ろすと自分が座った横を軽く叩いた。
男鹿は言われた通りに古市の横に座るが表情は暗い。

「男鹿」
「………………」
「最近どうした?」
「…………」
「何か言えよ」
「………………」

何も言おうとしない男鹿を仮に責めたとしても話そうとはしないだろう。
ならどうするべきか。古市はそれをよく知っていた。

「なぁ男鹿。お前普段はあんな風にすることなんかないだろ?ちゃんと理由がねぇと手は出さねーじゃん」

怒らねーから。そう落ち着いた声で、お前が考えてることなんて俺にとっては何でもないんだと。
全部受け止めてやるから。
古市の顔は何でもないいつもの緊張感のない表情で男鹿に向けられている。

「な、話してみろよ」
「…………言やあ、絶対お前困んぞ」
「別に困るか困んねーかは俺が決めることだろ」

お前が勝手に決めんな。
古市の目はいつになく穏やかで、男鹿はそんな古市に触れようと手を持ち上げるが拳を握るだけでベッドに下ろした。
男鹿自身、自分が分からない。
それを古市にどう伝えればいいか考えても思い付かないのだから仕方ないじゃないか。
それでも伝えなければならないのが苦しい。
再度黙り込んだ男鹿にもう一度責めないように優しく問いた。

「なんで姫川にあんなことしたんだ?」

なんで?んなの決まってる。触られたくなかった。
誰を?古市を俺以外の奴にだ。許せなかった。
こんな子供じみた独占欲をどうして話せる。
俺だっていい加減それくらいの分別くらいある。
なのに古市を前にすればそれは簡単に崩れた。

「……………アイツが気に喰わねー、そんだけ、だ」
「気に喰わなかったのは何でだよ」
「………触っただろ、お前に」
「あぁ、まぁあれはちょっとビックリしたな。で?」
「そんだけだ。後は何もねーよ」

何もない。古市に触ったからムカついた。
ただそれだけで深い理由なんかない。
男鹿の言葉に古市は暫し視線を横に流し、どう答えるべきか考えるが上手い言い回しが見つからない。
別に嫌な訳じゃない。
けど男鹿の言うその感情は自分に向けるモノとしてはきっとおかしい。
普通じゃないと思うのに、行動が予測不能な男鹿ならそんなこともあるだろうと何故か納得している自分がいた。

「男鹿はさ、そうなんの俺にだけなわけ?」
「当たり前だろ」
「なら、まぁいんじゃね?俺にだけなら俺が気を付けりゃいいだけだし」
「………………は?」

意味が分からないといった顔をする男鹿に古市は何でもないことのように言った。

「だって俺が他の奴に近づかなけりゃお前暴れねーんだろ?普通に解決すんじゃん」

俺もっと厄介なモン抱えてんのかと思ったわ。
いつも通りに笑った古市に男鹿の機嫌は上昇するばかりかむしろ沈んだ。
違う。そうじゃねーよ、古市。そんな単純なモンじゃねーんだよ。
俺が抱えてるモンはもっと欲に濡れた化け物みたいな感情だ。
お前を壊しちまうくらい狂暴で理性の欠片もない、どうしようもないくらいの衝動。
それをお前は分かってねーんだ。
男鹿は古市の肩を震える手で掴んだ。
痛いのか、一瞬顔が歪んだのが目に入るが力を弱めてやれるだけの余裕もない。

「古市、俺は…………お前を壊してめちゃくちゃにしてやりてぇって思う」
「…………………」
「ダチだから守りてぇとも思う。けどよ、それ以上にお前を壊したくなんだよ」
「……………おう」
「お前見てると苦しくて死にそうになる。今まで喧嘩して出来た怪我より痛ぇし、意味わかんねーくらい辛ぇ…………」
「………………」
「古市が居ねえと余計イライラするし、居たらいたで辛ぇし…………なのによ、お前に触りたくて、わけ分かんねー………」

拙い言葉で伝えようとする正直な声に古市は怒るでも悲しむでも喜ぶでもなく、ただ聞き入っていた。
男鹿より多感な筈の自分さえ感じたことのない複雑な感情を男鹿は今持て余している。
しかもそれを目の前の自分に向けている。
何故か言葉が出てこなかった。

「今も心臓が、痛ぇ」
「………………」
「俺は……」

何も言わない古市にどう思ったのか男鹿は口を強く引き結び、掴んだ肩に力を籠めてどうしようもない感情に身を任せた。

「………っ、!」

古市の身に訪れたのはただ押し付けるだけのキス。
おそらくどちらも初めての、慣れない場所に感じる自分とは別の存在を惜しむように唇を擦り合わせた。
男鹿を拒否するような素振りは古市にはない。
目を開けるとキスを受け入れるように大きな瞳を閉じている古市が目の前にいて。
何で嫌がらねんだよ、違うだろ、お前は俺と同じじゃねーだろ。
意味もない怒りが沸々と込み上げ、それが男鹿を突き動かした。

「……この……っ」
「………!」

肩を掴んだまま古市に乗り上げるように押せば容易にベッドに押し倒せた。
流石に驚いたのか、古市は目を見開くが直ぐにいつもの顔に戻った。
男鹿はそれが気に入らない。

「俺はお前にキスしてーし、こんな風に組み敷いてめちゃくちゃにしてぇって思ってんだ。何で逃げねぇ。逃げねぇと知らねーぞ」

低い声は怒りのせいで微かに震えている。それなのに古市の顔は穏やかで優しい。
それすら気に障った男鹿が何かを言うより先に古市の手が伸びていた。
白い指が男鹿の輪郭に触れると古市は呆れたように笑った。
それは男鹿のせいで巻き添えを食らった時によくする表情で口癖のようにいつも同じ台詞を言うのだ。


「ほんとお前、仕方ねぇ奴」


今度は男鹿が言葉を失う番だった。
だってそうだ、コイツは今何て言った?
この状況では決して有り得ない台詞が脳内をこだます。
けど古市の表情は至って普通で、男鹿は毒気が抜かれたようにうなだれた。意味が分からない。

「お前キスされて嫌じゃねーのかよ」
「そりゃお前……男にキスされるとか普通に嫌に決まってっし、押し倒されるとかもすっげ微妙だけど」
「じゃ、なんで………」

男鹿の問いに古市は一瞬険しそうな顔をして溜め息混じりに言った。


「だって相手男鹿だぞ?なら仕方ねぇだろ」


それが古市にとっての当然で。
それ以上でもそれ以下でもない、基準。

「…………意味、わかんね」
「男鹿じゃなかったらそもそもキスさせてねーよ」
「……………意味分かって言ってんのかよ」
「さあ?つーかこれじゃダメなのか」



古市の予想外の答えに今までの怒りが全て吹き飛んだ。

いや、違う多分俺は古市のこういう所に惹かれてる。

どうしようもなく俺を支配するコイツが愛しくて壊したくて抱き締めたい。



これじゃダメかって?ダメに決まってんだろ。

ただの一方通行は嫌だ。




「お前も俺を好きになんねーと、駄目だ」


その言葉に古市は呆れたように笑った。





「仕方ねぇ奴」



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勝手にシリアスしてる男鹿とそれをぶち壊す古市どうだったでしょうか。
私は楽しかったです(笑)
古市は男鹿に関しては色々超越してる。
仕方ないで片付けれるのが古市の凄いとこです
間がめんどくさくと結構展開飛ばして好きなとこだけ書いてます……ごめんなさい
若干姫川→古市でした(笑)
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